では、毎日はイージス アショア賛成なんだね。
(本稿は毎日新聞2018/09/26付社説『伊方原発の再稼働容認 リスクを直視していない』(mainichi.jp/articles/20180926/ddm/005/070/029000c)に基づく)
広島高裁は、同高裁前裁判長野々上友之の決定を覆した。野々上は阿蘇山の超巨大噴火(破局的噴火)の火砕流が伊方に押し寄せるかもしれないから伊方原発の再稼働を認めないと決定を下した。だが、広島高裁は野々上の判断は社会通念から外れていると判断し、その決定を取り消した。
上記は毎日の社説には次のように書かれている。
「「自然災害の危険をどの程度まで容認するかという社会通念を基準に判断せざるを得ない」と指摘した。」
毎日の記事で指摘という語を用いていることに注目しよう。「お前は嘘をついているだろうと指摘した」という使い方はしない。指摘された内容が、少なくとも、事実に見える時に指摘という語を用いる。指摘が間違ってる場合もあるが、その場合は間違いを示す。だが、毎日の社説にはそういう箇所は無い。つまり、毎日は高裁の理由が正当であると認めていることを問わず語りに漏らしているのだ。
だが、毎日は、立場上、仮処分決定取り消しに異を唱えなければならない。
そこで問題を広げ曖昧にし、誤魔化しに入る。
「国が破局的噴火のような災害に具体的対策を取っておらず、国民の大多数も格別に問題視していない。」
と現状を示し、
「だが、司法には国民一般が問題視していないリスクに警鐘を鳴らす役割もあるはずだ。」
と司法に新奇な役割を付与した上で(笑)、
「破局的噴火のような巨大なリスクをどう評価するかについては、今回の広島高裁同様、判断が分かれているのが実情だ。さらなる議論が必要だろう。」
毎日新聞は阿蘇山破局的噴火をリスク視した。流石の阿蘇山の破局的噴火でも東京へは火砕流は来ないだろう。だが、安心して良いのか?
毎日新聞本社ビルに登ったことがないので確たることは言えないが、社長だか会長だかの部屋からは富士山が見えるだろう。
阿蘇山の破局的噴火を問題視するなら、毎日新聞は富士山の破局的噴火も心配しなければならない。火山弾の飛距離は普通の噴火なら5km。1783年の浅間山噴火でも10km。だが、破局的噴火となると? 毎日新聞本社ビルは火山弾に耐えられるのであろうか。
火山弾が届かないとしてもロケット弾はどうだろう。テロリストやゲリラが使わないとは言えない。大型ドローンに爆弾を搭載する特攻攻撃も想定しなければならない。
また、北朝鮮や支那の、核は置いておくとして、(誤射かもしれない)通常型弾道弾に耐えられるようになっているのか。改築して対応済みだとしても、毎日新聞はイージス アショア導入に反対できなよね!(笑)
さらに言うのなら、恐竜を絶滅させたような小惑星との衝突に耐えられるようになっているのだろうか。
毎日の結語は次。
「原発頼みの姿勢に固執すれば、万一の際の電力の安定供給にも不安を残しかねない。慎重に検討すべきだ。」
この度の北海道の地震の教訓を無視した結びとなっている。
(文中敬称略)