東大もダメなら京大も!  曽我部真裕によるあいちトリエンナーレ閉鎖批判

先に東大法学部卒の修士号すら無い木村草太ちゃん(39)をチェックした。

 

今度は曽我部真裕京都大大学院教授(44 or 45)。こちらは草太ちゃんと違って修士号は取っている。

 

・曽我部トンムは大村言論弾圧者の一味の可能性

本稿を書いている最中に、本稿の主人公曽我部トンジ(同志)が大村愛知県知事(59)の(おそらく)お手盛り「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」のメンバーになったと報じられた。

 

曽我部氏がHUFFPOSTなどに書いた内容によって選任されたのか、選任されるとわかったのでHUFFPOSTに書いた/書かされたのか、大村言論弾圧者、曽我部トンム(同務)とHUFFPOSTが同一ネットワークにいたのか。

いずれにしろ大村言論弾圧者の闇は深い。

 

従って曽我部トンジは、少なくとも現時点では、大村言論弾圧者の一味として扱わねばならない。

 

(本稿はHUFFPOSTの竹下隆一郎くんと生田綾くんの記事『『表現の不自由展』中止が浮き彫りにしたこと。右派と左派、お互いが潰しあってる?』(https://www.huffingtonpost.jp/entry/interviewwith-prof-sogabe_jp_5d4a029fe4b01e44e4721017?ncid=other_twitter_cooo9wqtham&utm_campaign=share_twitter)

に基づき、HUFFPOSTの両くんが正しく情報を曽我部氏に伝え、かつ、氏の発言を改竄・歪曲していないと仮定して書いている。)

 

SNSが、不自由で人を傷つけ合うようにしたのか?

まず竹下隆一郎くんと生田綾くんの両くんは

<SNSなどによって自由に議論ができる社会になったはずなのに、どうしてこうも不自由で、人を傷つけ合ってしまうのか。「表現の自由」についてどう考えたらいいのか。>

と疑問を呈する。

 

少なくとも、河村たかし名古屋市長と私は、津田大介ヘイト屋兼ダブルスタンダーにして津田大介窃盗推進者副社長(45)と大村秀章愛知県知事あいちトリエンナーレ2019実行委員長言論弾圧者(59)、及び、盗推進者副社長と言論弾圧者側に立つレガシーメディアの報道によって傷つけられた。

そして、河村市長はHUFFPOSTや草太ちゃんや朝日新聞やテレビ番組などのレガシーメディアにより圧殺されつつある。かろうじてSNSなどで圧殺に抵抗しているところだ。

 

そもそも、<SNSなどによって自由に議論ができる社会にな>り、情報空間がレガシーディアの支配から脱しつつあるので、意見の対立が顕在化したのだ。

りょう君の疑問に答えるなら、

レガシーメディアの論調から外れる自由なSNSなどでの議論を、レガシーメディアに同調するSNSなどの「リベラル」なユーザーが圧殺し不自由にしているから、

だ。

出だしから両くんは間違っている。

 

朝日は言論弾圧者であることが、そのOBの現状認識により、再度、示された。

 

・河村市長の意見具申は問題なのか?

両くんの

<–––慰安婦をイメージした少女像の展示を名古屋市河村たかし市長が視察し、「日本人の心を踏みにじる」として中止を求めました。>

という問題提起に

 

曽我部氏は

< 政治家にも「表現の自由」はあります。ただ、表現と役職は、必ずしも切り離すことは出来ず、権限を持つ市長が何かを口にすればそれなりの影響がでるので、職務にともなう節度が求められます。>

と答えた。

曽我部トンムの説に簡単な反論を提示する。

100tの大彫刻を展示しようとしたところ、「施設が耐えられません」と美術館長が注意喚起したとする。これは「表現の自由」を損なう行いなのか?

村立美術室の学芸員がモナ リザを展示しようとした。出納長が「保険料が払えません」と注意喚起したとする。これは「表現の自由」を損なう行いなのか?

 

大村言論弾圧者は河村市長に憲法21条が禁じる検閲をしていると言いがかりをつけた。だが、「表現の不自由展・その後」展を大村言論弾圧者は独断で閉鎖した。大村言論弾圧者は県知事だ。ならば、

大村言論弾圧者<にも「表現の自由」はあります。ただ、表現と役職は、必ずしも切り離すことは出来ず、権限を持つ>県知事<が何かを>実行<すればそれなりの影響がでるので、職務にともなう節度が求められます。>

と大村言論弾圧者を曽我部トンジが諫めないのは何故だろう? 何しろ奴は「表現の自由」を圧殺した張本人なのだ。

やはり曽我部トンジは大村言論弾圧者の一味なのだろう。

そう考えると曽我部トンジが<権限を持つ市長>と発言するが、その権限の範囲を明確することなく、印象形成を図っていることにも納得できる。

 

・「金は出すけど、口は出さない」にも前提がある(1)

曽我部氏は

<美術展を行政が公金を出してサポートする場合、憲法の世界では、「美術の専門家が決めた内容を尊重する」ことがロジックになっています。(「金は出すけど、口は出さない」という方針だった)愛知県の大村秀章知事のスタンスが正しいのではないでしょうか。>

と言う。

憲法の世界」とは何か?

憲法とは成文憲法なのか憲法典なのか。

もしかしたら「憲法の世界」とは「憲法学者の世界」のことなのか。科学の歴史を見なくとも、憲法学者の多数決など意味が無い。何故なら憲法解釈は最高裁が最終的に行うからだ。

「美術の専門家が決めた内容を尊重する」というが、美術の専門家がある美術家に恋してしまい、その美術家のヘンテコな作品を公費で購入しようとしたら、それも尊重しなければならないのか。

 

本件は公金の不適切支出などを含む問題なのに、曽我部トンムはHUFFPOSTが敷いた狭い「表現の自由」なるトラックに乗って突っ走っている。

 

津田大介は「美術の専門家」なのか?

曽我部トンムは津田大介ヘイト屋兼ダブルスタンダーにして窃盗推進者副社長を美術の専門家と考えているのだろうか?

彼はジャーナリストと自称しているが美術家とは自称していない。

悪いことにクロワッサン2019/08/10号(2019/07/25発売 https://magazineworld.jp/croissant/croissant-1002/)に掲載された上野千鶴子性差別主義者(71)とのお話し合い(『お茶の時間 ジェンダーギャップの現在②』)で津田ヘイト屋兼ダブルスタンダーにして窃盗推進者副社長は「僕はアートのシロウトで、かつジェンダーのシロウトでもあるから」と自供している(馬超 @6hl7PEz1wIug4qn様 https://twitter.com/6hl7PEz1wIug4qn/status/1161523711503228930)

https://pbs.twimg.com/media/EB6PoCdX4AEVYC-.jpg

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更に悪いことに津田ヘイト屋兼ダブルスタンダーにして窃盗推進者副社長は次のように学芸員を外したと自供している。

<約80組の作家選びは当初、学芸員に任せるつもりだった。

ところが、上がってきたリストを見て「ピンとこない。これはまずい」と方針転換。自ら決定権を握った。>(http://www.hokkaido-np.co.jp/article/322393)

また「表現の不自由展・その後」実行委員会は展示再開しろと津田窃盗推進者副社長を突き上げている。だが、この実行委員会5人の顔ぶれに美術関係者と言える人は一人しかいない。

 

以上から憲法学者の曽我部氏の論法に従えば、

美術の専門家が決めた内容では無いから尊重しなくとも良いし、

金も出すけど口も出すべきだ、

となる。

 

なお、曽我部氏は

<「表現の不自由展」は、芸術祭の一環として専門家のキュレーションによって企画されたものであって、行政の判断ではありません。>

と<専門家のキュレーション>と発言して恥の上塗りをしている。

 

・「金は出すけど、口は出さない」にも前提がある(2)

「金は出すけど、口は出さない」という方針にも常識の範囲という前提があるはずだ。

例えば、主催者側は<「美術の専門家が決めた>モハメッドを揶揄する<内容を尊重する」>ことができるのか。

何しろイスラム教徒の中にはテロリストもいる。五十嵐一筑波大学助教授の事件が無くとも、万単位の集客が予想されるあいちトルエンナーレ(©︎渡邉哲也)2019での展示に躊躇しないとすれば、それは無責任だ。

 

曽我部トンジは検閲と審査の区別ができていないように見える。

 

曽我部氏は表現の自由だけでこの問題を扱おうとして、無理が出ている。曽我部氏には市民による行政監視の視点が欠ける。良識に欠ける支出に抗議する権利は市民にある。

津田窃盗推進者によるその一味への不当な利益配分を指摘することは、公益にかなう。

 

なお、朝鮮人売春婦像の英文説明にはJapanese military sexual slavery(https://i.imgur.com/wOCmAjI.jpg)とあるらしい。これも虚偽だ。公金を費やして虚偽を広める、これは、行政として正しいのか。

また、朝鮮人売春婦像は少女に見える。日本は朝鮮少女の売春を禁止した。だから、これも虚偽だ。

尤も、これは朝鮮人売春婦の精神年齢を表現した、と言い訳できるが。

 

 

・曽我部同志の韓国の宣伝戦への無理解と海外在住邦人への冷たい眼差し

曽我部氏は

<「表現の不自由展」(ママ)は、芸術祭の一環として専門家のキュレーションによって企画されたものであって、行政の判断ではありません>

(HUFFPOSTの記事のタイトルも「表現の不自由展」となっているが、あいちトリエンナーレ2019で閉鎖されたものは「表現の不自由展・その後」だ。「表現の不自由展」は「表現の不自由展・その後」とは別の展覧会。事件の被害者を取り違える記事に価値があるのか?)

と能天気なことを言っているが、行政を代表する大村愛知県知事があいちトルエンナーレでの展示を閉鎖した。行政の判断で閉鎖した以上、また、美術専門家が展示閉鎖の意思決定に入っていない以上、展示も行政の判断だと言える。

 

仮に、行政の判断ではないとしても曽我部氏は南朝鮮の宣伝戦を甘く見すぎている。彼らはこれを世界に喧伝するだろう。その結果、海外在住邦人へのいじめも酷くなる。

津田窃盗推進者副社長のお仲間の内外の偏向記者は、日本には表現の自由が無いと言論戦を繰り広げている。企画段階で「表現の不自由展・その後」を検閲ではなく審査で没にしておけばこんな問題は起きなかった。空いたスペースは休憩所にすれば良い。

悪辣な津田窃盗推進者副社長らは「表現の不自由展・その後」の内容を期限ギリギリの6月になるまで大村言論弾圧者に知らせず、大村言論弾圧者から代替案を作らせないようにした。

 

・曽我部トンムの虚偽

事実誤認と思しき箇所もある。批判するなら曽我部トンムは事実関係を把握すべきだろうと私は思う。

河村たかし名古屋市長が展示中止の意見具申をしたことに関して曽我部氏は次のように言う。

<市長のような公権力の側は、むしろ表現の保護に動くべきですし、脅迫とみられる行為をした人に対してはきちんと捜査をするというメッセージを発するべきです。>

河村市長が意見具申をしたのは2019/08/02。

大村知事が中止したのは20/19/03/03。その際、大村知事が脅迫Faxが来たと明らかにした。

 

さすがは碩学の曽我部氏。賢い氏ならば自分が知らない脅迫に対しても<きちんと捜査をするというメッセージ>を発せられるのだろう。(本件のように、曽我部氏が自分の知らないことについて<メッセージを発>しているというツッコミはパス(笑)。)

 

 

表現の自由の公平性は担保されていない

曽我部氏は、朝鮮売春婦支援団体に市民会館を使わせると市が

<「彼らの主張に同意したと思われる」から貸さない、ではダメなのです。>

と言う。貸したからといって市が朝鮮売春婦支援団体のデマに賛同したことにはならない。何故なら

<誰に対しても施設を貸す必要があります。賛同しているかどうかは関係なく、公平に貸さないといけない。>

 

美術館の場合は

<美術館については誰にでも貸すわけではないので、市民会館の場合と考え方が少し違いますが、いずれにしても、行政の考えによって、不当に作品を排除することはできません。>

と言う。

原則的にはその通りだ。だが、相手は悪名高い北朝鮮南朝鮮、そこに支那も加わった連携チーム。彼らが「愛知県が認めた!!」と世界に向かって大宣伝する事は明らかだ。「誤解です」と言う声はかき消される。困る立場に追い込まれるのは美術館と県なのだ。これを考慮すれば展示を閉鎖しても<行政の考えによって、不当に作品を排除>したとは言えない。

 

市民会館が左翼団体に部屋を貸しても問題ない理由は、保守団体にも部屋を貸して平等を担保し得るから。

だが、あいちトルエンナーレ2019で津田窃盗推進者副社長は平等を担保しなかった。あいちトルエンナーレ2022があるとして、2022では津田窃盗推進者副社長が排除した傾向の作品が展示され、公平が担保される保証は無い。展示テーマが変わるかもしれないし、2022も津田窃盗推進者副社長かそのトンジ(同志)かトンム(同務)が芸術監督かもしれない。

よって2019に津田窃盗推進者副社長が排除した傾向の作品も展示すべきなのだが、展示してない。

だから、津田窃盗推進者副社長が推薦する作品を排除しても、これは曽我部氏が言う<行政の考えによって、不当に作品を排除することはできません>には当たらず、正当な理由で展示しない、となる。

 

・曽我部トンジとHUFFPOSTが隠そうとするもの

先に引用した通り、曽我部トンジは

<(「少女像」や「昭和天皇をモチーフにした作品」に対して)不快な思いをしたら、口にする権利があります。まさに表現の自由です。>

言っている。

 

今月は何月だろう? 

8月だ。

 

8月なのに特攻隊員を貶める作品に言及が無いのは何故だろう?

曽我部トンジは津田窃盗推進者副社長の悪行を矮小化しようとしているのか?

あるいはHUFFPOSTの両くんが伝えなかったのか?

 

 

曽我部氏はHUFFPOSTトンジが設定した狭い視点からこの問題を論じさせられたようにも見える。

 

お気の毒に。