DAYS JAPANと「倒錯」雑誌の類似性

 以前、様々な性倒錯、性指向(SM、Tv(異性装)、スカトロ、異種間性指向、非生体性指向、若年性指向、LGBTの様な性嗜好等)を扱う、または、含む雑誌があった。

これらのあるものは廃刊となった。

その理由を考え、それがDAYS JAPANにも当てはまる事を示す。

 

1.世の中には「変態」がいる。

 性的な「変態」同様、「リベラル」な「変態」もいる。

 性的な「変態」が雑誌を使って自慰をするように、「リベラル」なる「変態」もDAYS JAPANを使って「自慰」をする。

 

2.ロングテール

 愛好者が少ない「倒錯」でも全国を相手にすると商売ができる。このことが次の販売形態に繋がる。

 

3.販売形態

 「倒錯」雑誌の販売方法は、街角の書店でも売られていたSM雑誌のようなメジャー「倒錯」を除けば、東京駅地下、銀座地下の書店、もしくは好き者が集まるポルノショップで買うか、定期購読されていた。

 DAYS JAPANも限られた同好の士が集まるポルノショップ的本屋と定期購読に依存していた。

 

4.広告

 「倒錯」雑誌の広告はマイナーなそれ系の広告。

 DAYS JAPANの広告もマイナーなそれ系の広告。

 アベノミクスによる人件費の高騰と就職率の向上によりブラック企業的経営は難しくなっている。マイナーなそれ系の広告と購読者数ではブラック企業的なDAYS JAPANの体質改善は出来ない。

 

5.「倒錯」雑誌には「自慰」に役立つ「変態」ファンタジーが掲載される

 SM雑誌にはSM小説が載る。レズビアン雑誌にはレズビアン痴漢小説が載る。

 

 DAYS JAPANには、おしどりマコのファンタジーが載る。

 

 SM小説を実践する人は少ない。「うしろめたさ」があるからだ。

 ところが、DAYS JAPANの読者は、自慰だけで満足せず、「うしろめたさ」のかけらもなく行動してしまう。この点でDAYS JAPANは「倒錯」雑誌より、

性教新聞、覗きの塔の雑誌や、サドルに生出しするような変態が集まりノーマルを粛清する強賛党の新聞アサハカに似ている。

 

6.写真

 「倒錯」雑誌のウリは自慰用の写真。

 DAYS JAPANのウリも「自慰」用の写真。写真により、おしどりマコのファンタジーの類に見掛け上のリアリティを持たせることができた。

 

7.写真の大衆化

 携帯にカメラが搭載された結果、カメラが身近になった。

 プロの写真家をプロたらしめている理由の一つは撮影枚数にある。掲載される写真の後ろには掲載されない写真の山がある。

 以前、証明書写真を撮ったら、私ですら、美人になっていた。「タレントはんみたい。スタイルが良ければだけど」と親に言われた。

 美しい一瞬は腕だけではなく、偶然でも捉えられる。偶然は試行回数が多ければ捕捉できる。写真の大衆化がプロの価値を目減りさせた。

 

 無名のカメラマンにも発表の場がある。SNSなどネットで自慢でき、褒めてもらえるのだ。

 

 こうなると、決定的瞬間を捉えるのはノートリアス広河性加害被嫌疑者ではなく、その場にいる携帯を使う無名のカメラマンだ。

 

 渋谷のハロウィーンで軽トラックが横転させられた。横転の瞬間をノートリアス広河性加害被嫌疑者が撮り、DAYS JAPANに発表したら反響を呼んだろう。  

 だが、ネットに次の動画が上がっていた。

 

 軽トラックの運転手自身が、回りの人を煽って軽トラックの荷台に乗せていた。

 

 ノートリアス広河性加害被嫌疑者の写真に付けられるだろうのキャプションが一方的な見方だと明かされ、「正義ぶりやがって」という反感を買ってしまう。

 

8.好みの細分化

 変態の好みも様々だ。一つのジャンルでも細かいこだわりがある。ネットの写真の方がバリエーションが許される。

 

 

9.統制経済対自由市場

 「倒錯」にも様々な好みがある。紙幅が限られる雑誌では様々な好みに対応できない。

 悪いことに、WikipediaによるとDAYS JAPANのページ数は少ない。目の肥えた「リベラル」な「変態」どもの欲求をDAYS JAPANは満たせなくなった。ボツになった写真に魅力を感じる人も多いだろう。

 

 

 「リベラル」な「変態」も好みは様々だ。辺野古移転に反対する「変態」でも福島放射能デマを信じるには教養がありすぎる人もいる。

 DAYS JAPANは高級紙を気取っていても、扇動ジャーナリズムに過ぎないことが教養ある人にはバレてしまう。教養ある読者は自由市場の下、他媒体へ流れる。購読停止はデフレも拍車をかけた。なお、デフレには「リベラル」な「変態」が賛意を示していた。例えば、年末年始の派遣向けテント村が彼等の「琴線」を刺激したのだろう。

 

10.少子高齢化と紙離れ

 性的な「変態」も「リベラル」な「変態」も知力と性欲は衰えるし、死ぬ。それを補う若い世代は減っている。

 悪いことに紙離れも進行している。紙に依存したDAYS JAPANは「倒錯」雑誌同様衰えべくして衰えた。

 

11.ネットと、ネットによる情報統制モデルの破壊

 「倒錯」雑誌にはその雑誌でしか得られない役立つ情報が載っていた。ネットは「倒錯」雑誌の情報の占有を許さなかった。ネットなら簡単に同好の士と連絡がつけられ、ノウハウも動画でわかりやすくなり、共有でき進化した。例えばLGBTのTやTvの声の質の向上を見よ。この結果「倒錯」雑誌の売り物の投稿欄の価値が激減し、「倒錯」雑誌購入のメリットが減じてしまった。

 

 在来型メディアは情報統制を市民に強いるビジネスモデルで成功してきた。DAYS JAPAN程度の雑誌もその恩恵に預かってきた。

 ところが、ネットはそのビジネスモデルを破壊しつつある。データはネットに蓄積され、悪辣な朝日新聞が駆使する「こすい技」さえ無ければ、蓄積されたデータは容易に検索され、活用され、そして、DAYS JAPANのフェイクやダブルスタンダードを指摘する。

 

12.専門家

 「倒錯」雑誌は間口が狭い。編集者は専門家を選別できる。

 

 気の毒なことにDAYS JAPANの間口は広い。DAYS JAPANの編集者は写真家崩れかジャーナリスト志望者。しかもDAYS JAPANに洗脳された人。理系素養を持つものは少ない。「倒錯」した「リベラル」説の妥当性を判断できない。結果、トンデモファンタジーを掲載し、ネットの失笑と怒りを買ってしまう。

 

 世の中には一知半解のジャーナリストより深い知識を持つ専門家が数多くいる。彼らは、ジャーナリストが準備したお仲間の「専門家」の発言をしばしば粉砕してしまう。DAYS JAPANもしばしば粉砕された。

 

 DAYS JAPANは広河性加害被嫌疑者で代表されるカルト信者の集合体なので軌道修正ができなかった。

 DAYS JAPANの読者や広告主という同じカルトの信奉者を忖度しなければならないDAYS JAPANには軌道修正という選択肢はそもそも無かったと言える。