80歳代の交通事故率は本当に低いのか

元高級官僚の飯塚幸三被嫌疑者(87)が池袋で死者2人を出す交通事故を起こした。

これに伴いTwitterに『高齢ドライバーの事故は20代より少ない 意外と知らないデータの真実』(市川衛 https://news.yahoo.co.jp/byline/mamoruichikawa/20161120-00064606/)が流れてきた。


『FACTFULLNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(ハンス ロリングス 日経BP 2019)

『データは騙る: 改竄・捏造・不正を見抜く統計学』(ゲアリー スミス 早川書房 2019)

を読んだからというわけではないが、『高齢ドライバーの事故は20代より少ない』がデータで騙って偏らせていないか市川氏の分析をチェックしてみた。

分析してみると市川氏の記事は『高齢ドライバーを見たら気をつけろ 意外と知らないデータの真実』にすべきだったことが分かる。

 

航空機の事故は着陸と離陸の時に起きやすい。架空のタヒチ国際航空と、同じく架空のテキサス一番星航空があるとしよう。タヒチ国際航空は名前通り国際線だけを運行し日米欧豪支への路線を持つ。テキサス一番星航空はテキサス州内の空港を結ぶ。両者は100機を運用しているとする。どちらが事故を多く起こすだろうか?

一番星は近い空港を結ぶので離発着の回数が多い。従って事故の回数も多いと予想できる。マイルあたりの事故率は一番星の方が高くなるだろう。だが、タヒチの便が安全とは言えない。乗客にとり離発着の回数は同じなのだから。

自動車の場合は発車停車の回数とともに、距離も関係していると思われる(後述)。だが、市川氏の分析はこれに触れていない。

 

『高齢ドライバーの事故は20代より少ない』は次のグラフを掲載している。

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確かにこのグラフだと20歳代のドライバーより80歳以上の人の10万人あたりの事故の件数は少ない。だが、30歳代以上では一番多い。70代がそれに次ぐ。やはり、高齢者が運転しているのを見たら注意すべきなのだが、市川氏は等閑視している。

市川氏は次のグラフを持ち出し

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<驚いたことに、20代・40代・30代が多く、80歳以上による交通事故が最も少ないことがわかりました。>

(太字は市川氏。以下同じ)

と驚いている。一言言っておこう。我々は、高齢者の内の運転不適格者が凶器でもある車を運転してはいないかと懸念しているのだ。そして、彼等彼女等が理不尽な事故を起こしているのではないかと心配しているのだ。

だが、市川氏の論点は異なる。

<少なくとも上記のデータからは、高齢者が若者と比べて特に交通事故を起こしやすいとは言えないのではないか?という気がしてきます。>

そして、10万人あたりの死亡事故のグラフを持ち出す。

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<確かに80歳以上の危険性が高いことがわかります。ただし「16~19歳」も高く、去年のデータでいえばわずかに80歳以上を上回っています。>

(注意! 市川氏は16~19歳は原付で死亡している事故を考慮していない。)

<その次は、20代と70代が同じくらい。とはいえ、その他の年代と比べて、それほど多いとは言えないようです。>

市川氏は70代から運転不適格者が増加している可能性を見落としている。

市川氏は死亡事故の全件数のグラフを持ち出す。

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<全件数でみると、やはり20代や40代が多く、80歳以上が起こす死亡事故は少ないことがわかります。この年代で運転している人が、そもそも少ないのかもしれません。>

そして市川氏は「データをもとに議論する大切さ」と言うタイトルの下で読者に

<いま対策が急務だからこそ、「なんとなく危なそう」というイメージではなく、データに基づいて「どんな年代の人に、何をすべきか」を冷静に考えていくことこそが大事なのではないでしょうか。>

と説教を垂れている。ならば、何故、市川氏は80歳以上の人口を調べなかったのか。

統計局のデータ(年齢各歳別人口(エクセル:30KB))によれば930万人。後は市川氏が調べた10万人あたりの事故率と事故件数から運転している人の数が分かる。2番目のグラフから事故件数は2万件。1番目のグラフから10万人あたりの事故は500件。

20000÷500=40

40×10=400

400÷930=0.43

80代の免許所持率は4割3分であることが分かった。他の年代との比較は市川氏への宿題としておこう。

 

さて、冒頭で航空機の事故の起こりやすさを書いた。車の運転ではどうだろう?

例えば、ちょっとスーパーへ行く程度では眠くならない。居眠り事故のような事故の起こりやすさは運転距離に比例するのではないか? 信号機近辺の事故も多い。街中を運転する場合、信号機に遭遇する可能性は距離に比例する。では、高齢者の運転距離はどうなのだろう。短いのではないかと思われる。20~50代は営業で長時間運転している人も多い。

隣に子供がいると子供に気を取られ事故を起こすケースがある。核家族の今、高齢者の隣に子供がいるケースは少ないだろう。

一般に慣れないことをすると失敗する。孫を乗せると?

高齢者の運転頻度はどうなのだろう?コースの変化は?

 

そもそも、高齢者の内のペーパードライバー比率を市川氏は気にしていない。ペーパードライバーやたまに運転する人が多ければ、10万人あたりの事故率は下がってしまう。この場合、問題とすべきは自家用車の稼働率だ。統計データが無いのかもしれない。その場合の代替指標は家計におけるガソリン/軽油代だ。

 

以上、データの妥当性を指摘した。

 

次にデータのカテゴリーが適切かを指摘する。

 

もしかしたら、支那からテロリストが日本に侵入した時、市川氏は統計によると支那人が殺人事件を起こす率は高くないので、心配しなくとも大丈夫ですよ、と言うのかもしれない。

 

先に書いたが、我々が心配しているのは運転不適格者というカテゴリーだ。それを年齢層というカテゴリーを使って市川氏は論じている。市川氏は「データで騙る」をしているのだ。


こういう浅いデータの見方では、文系のお役所ならともかく、トヨタに就職したら改善サークルで市川氏はシゴかれるんじゃないかと思う。