東大もダメなら京大も!  曽我部真裕によるあいちトリエンナーレ閉鎖批判

先に東大法学部卒の修士号すら無い木村草太ちゃん(39)をチェックした。

 

今度は曽我部真裕京都大大学院教授(44 or 45)。こちらは草太ちゃんと違って修士号は取っている。

 

・曽我部トンムは大村言論弾圧者の一味の可能性

本稿を書いている最中に、本稿の主人公曽我部トンジ(同志)が大村愛知県知事(59)の(おそらく)お手盛り「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」のメンバーになったと報じられた。

 

曽我部氏がHUFFPOSTなどに書いた内容によって選任されたのか、選任されるとわかったのでHUFFPOSTに書いた/書かされたのか、大村言論弾圧者、曽我部トンム(同務)とHUFFPOSTが同一ネットワークにいたのか。

いずれにしろ大村言論弾圧者の闇は深い。

 

従って曽我部トンジは、少なくとも現時点では、大村言論弾圧者の一味として扱わねばならない。

 

(本稿はHUFFPOSTの竹下隆一郎くんと生田綾くんの記事『『表現の不自由展』中止が浮き彫りにしたこと。右派と左派、お互いが潰しあってる?』(https://www.huffingtonpost.jp/entry/interviewwith-prof-sogabe_jp_5d4a029fe4b01e44e4721017?ncid=other_twitter_cooo9wqtham&utm_campaign=share_twitter)

に基づき、HUFFPOSTの両くんが正しく情報を曽我部氏に伝え、かつ、氏の発言を改竄・歪曲していないと仮定して書いている。)

 

SNSが、不自由で人を傷つけ合うようにしたのか?

まず竹下隆一郎くんと生田綾くんの両くんは

<SNSなどによって自由に議論ができる社会になったはずなのに、どうしてこうも不自由で、人を傷つけ合ってしまうのか。「表現の自由」についてどう考えたらいいのか。>

と疑問を呈する。

 

少なくとも、河村たかし名古屋市長と私は、津田大介ヘイト屋兼ダブルスタンダーにして津田大介窃盗推進者副社長(45)と大村秀章愛知県知事あいちトリエンナーレ2019実行委員長言論弾圧者(59)、及び、盗推進者副社長と言論弾圧者側に立つレガシーメディアの報道によって傷つけられた。

そして、河村市長はHUFFPOSTや草太ちゃんや朝日新聞やテレビ番組などのレガシーメディアにより圧殺されつつある。かろうじてSNSなどで圧殺に抵抗しているところだ。

 

そもそも、<SNSなどによって自由に議論ができる社会にな>り、情報空間がレガシーディアの支配から脱しつつあるので、意見の対立が顕在化したのだ。

りょう君の疑問に答えるなら、

レガシーメディアの論調から外れる自由なSNSなどでの議論を、レガシーメディアに同調するSNSなどの「リベラル」なユーザーが圧殺し不自由にしているから、

だ。

出だしから両くんは間違っている。

 

朝日は言論弾圧者であることが、そのOBの現状認識により、再度、示された。

 

・河村市長の意見具申は問題なのか?

両くんの

<–––慰安婦をイメージした少女像の展示を名古屋市河村たかし市長が視察し、「日本人の心を踏みにじる」として中止を求めました。>

という問題提起に

 

曽我部氏は

< 政治家にも「表現の自由」はあります。ただ、表現と役職は、必ずしも切り離すことは出来ず、権限を持つ市長が何かを口にすればそれなりの影響がでるので、職務にともなう節度が求められます。>

と答えた。

曽我部トンムの説に簡単な反論を提示する。

100tの大彫刻を展示しようとしたところ、「施設が耐えられません」と美術館長が注意喚起したとする。これは「表現の自由」を損なう行いなのか?

村立美術室の学芸員がモナ リザを展示しようとした。出納長が「保険料が払えません」と注意喚起したとする。これは「表現の自由」を損なう行いなのか?

 

大村言論弾圧者は河村市長に憲法21条が禁じる検閲をしていると言いがかりをつけた。だが、「表現の不自由展・その後」展を大村言論弾圧者は独断で閉鎖した。大村言論弾圧者は県知事だ。ならば、

大村言論弾圧者<にも「表現の自由」はあります。ただ、表現と役職は、必ずしも切り離すことは出来ず、権限を持つ>県知事<が何かを>実行<すればそれなりの影響がでるので、職務にともなう節度が求められます。>

と大村言論弾圧者を曽我部トンジが諫めないのは何故だろう? 何しろ奴は「表現の自由」を圧殺した張本人なのだ。

やはり曽我部トンジは大村言論弾圧者の一味なのだろう。

そう考えると曽我部トンジが<権限を持つ市長>と発言するが、その権限の範囲を明確することなく、印象形成を図っていることにも納得できる。

 

・「金は出すけど、口は出さない」にも前提がある(1)

曽我部氏は

<美術展を行政が公金を出してサポートする場合、憲法の世界では、「美術の専門家が決めた内容を尊重する」ことがロジックになっています。(「金は出すけど、口は出さない」という方針だった)愛知県の大村秀章知事のスタンスが正しいのではないでしょうか。>

と言う。

憲法の世界」とは何か?

憲法とは成文憲法なのか憲法典なのか。

もしかしたら「憲法の世界」とは「憲法学者の世界」のことなのか。科学の歴史を見なくとも、憲法学者の多数決など意味が無い。何故なら憲法解釈は最高裁が最終的に行うからだ。

「美術の専門家が決めた内容を尊重する」というが、美術の専門家がある美術家に恋してしまい、その美術家のヘンテコな作品を公費で購入しようとしたら、それも尊重しなければならないのか。

 

本件は公金の不適切支出などを含む問題なのに、曽我部トンムはHUFFPOSTが敷いた狭い「表現の自由」なるトラックに乗って突っ走っている。

 

津田大介は「美術の専門家」なのか?

曽我部トンムは津田大介ヘイト屋兼ダブルスタンダーにして窃盗推進者副社長を美術の専門家と考えているのだろうか?

彼はジャーナリストと自称しているが美術家とは自称していない。

悪いことにクロワッサン2019/08/10号(2019/07/25発売 https://magazineworld.jp/croissant/croissant-1002/)に掲載された上野千鶴子性差別主義者(71)とのお話し合い(『お茶の時間 ジェンダーギャップの現在②』)で津田ヘイト屋兼ダブルスタンダーにして窃盗推進者副社長は「僕はアートのシロウトで、かつジェンダーのシロウトでもあるから」と自供している(馬超 @6hl7PEz1wIug4qn様 https://twitter.com/6hl7PEz1wIug4qn/status/1161523711503228930)

https://pbs.twimg.com/media/EB6PoCdX4AEVYC-.jpg

https://pbs.twimg.com/media/EB6PoCdX4AEVYC-.jpg

 

更に悪いことに津田ヘイト屋兼ダブルスタンダーにして窃盗推進者副社長は次のように学芸員を外したと自供している。

<約80組の作家選びは当初、学芸員に任せるつもりだった。

ところが、上がってきたリストを見て「ピンとこない。これはまずい」と方針転換。自ら決定権を握った。>(http://www.hokkaido-np.co.jp/article/322393)

また「表現の不自由展・その後」実行委員会は展示再開しろと津田窃盗推進者副社長を突き上げている。だが、この実行委員会5人の顔ぶれに美術関係者と言える人は一人しかいない。

 

以上から憲法学者の曽我部氏の論法に従えば、

美術の専門家が決めた内容では無いから尊重しなくとも良いし、

金も出すけど口も出すべきだ、

となる。

 

なお、曽我部氏は

<「表現の不自由展」は、芸術祭の一環として専門家のキュレーションによって企画されたものであって、行政の判断ではありません。>

と<専門家のキュレーション>と発言して恥の上塗りをしている。

 

・「金は出すけど、口は出さない」にも前提がある(2)

「金は出すけど、口は出さない」という方針にも常識の範囲という前提があるはずだ。

例えば、主催者側は<「美術の専門家が決めた>モハメッドを揶揄する<内容を尊重する」>ことができるのか。

何しろイスラム教徒の中にはテロリストもいる。五十嵐一筑波大学助教授の事件が無くとも、万単位の集客が予想されるあいちトルエンナーレ(©︎渡邉哲也)2019での展示に躊躇しないとすれば、それは無責任だ。

 

曽我部トンジは検閲と審査の区別ができていないように見える。

 

曽我部氏は表現の自由だけでこの問題を扱おうとして、無理が出ている。曽我部氏には市民による行政監視の視点が欠ける。良識に欠ける支出に抗議する権利は市民にある。

津田窃盗推進者によるその一味への不当な利益配分を指摘することは、公益にかなう。

 

なお、朝鮮人売春婦像の英文説明にはJapanese military sexual slavery(https://i.imgur.com/wOCmAjI.jpg)とあるらしい。これも虚偽だ。公金を費やして虚偽を広める、これは、行政として正しいのか。

また、朝鮮人売春婦像は少女に見える。日本は朝鮮少女の売春を禁止した。だから、これも虚偽だ。

尤も、これは朝鮮人売春婦の精神年齢を表現した、と言い訳できるが。

 

 

・曽我部同志の韓国の宣伝戦への無理解と海外在住邦人への冷たい眼差し

曽我部氏は

<「表現の不自由展」(ママ)は、芸術祭の一環として専門家のキュレーションによって企画されたものであって、行政の判断ではありません>

(HUFFPOSTの記事のタイトルも「表現の不自由展」となっているが、あいちトリエンナーレ2019で閉鎖されたものは「表現の不自由展・その後」だ。「表現の不自由展」は「表現の不自由展・その後」とは別の展覧会。事件の被害者を取り違える記事に価値があるのか?)

と能天気なことを言っているが、行政を代表する大村愛知県知事があいちトルエンナーレでの展示を閉鎖した。行政の判断で閉鎖した以上、また、美術専門家が展示閉鎖の意思決定に入っていない以上、展示も行政の判断だと言える。

 

仮に、行政の判断ではないとしても曽我部氏は南朝鮮の宣伝戦を甘く見すぎている。彼らはこれを世界に喧伝するだろう。その結果、海外在住邦人へのいじめも酷くなる。

津田窃盗推進者副社長のお仲間の内外の偏向記者は、日本には表現の自由が無いと言論戦を繰り広げている。企画段階で「表現の不自由展・その後」を検閲ではなく審査で没にしておけばこんな問題は起きなかった。空いたスペースは休憩所にすれば良い。

悪辣な津田窃盗推進者副社長らは「表現の不自由展・その後」の内容を期限ギリギリの6月になるまで大村言論弾圧者に知らせず、大村言論弾圧者から代替案を作らせないようにした。

 

・曽我部トンムの虚偽

事実誤認と思しき箇所もある。批判するなら曽我部トンムは事実関係を把握すべきだろうと私は思う。

河村たかし名古屋市長が展示中止の意見具申をしたことに関して曽我部氏は次のように言う。

<市長のような公権力の側は、むしろ表現の保護に動くべきですし、脅迫とみられる行為をした人に対してはきちんと捜査をするというメッセージを発するべきです。>

河村市長が意見具申をしたのは2019/08/02。

大村知事が中止したのは20/19/03/03。その際、大村知事が脅迫Faxが来たと明らかにした。

 

さすがは碩学の曽我部氏。賢い氏ならば自分が知らない脅迫に対しても<きちんと捜査をするというメッセージ>を発せられるのだろう。(本件のように、曽我部氏が自分の知らないことについて<メッセージを発>しているというツッコミはパス(笑)。)

 

 

表現の自由の公平性は担保されていない

曽我部氏は、朝鮮売春婦支援団体に市民会館を使わせると市が

<「彼らの主張に同意したと思われる」から貸さない、ではダメなのです。>

と言う。貸したからといって市が朝鮮売春婦支援団体のデマに賛同したことにはならない。何故なら

<誰に対しても施設を貸す必要があります。賛同しているかどうかは関係なく、公平に貸さないといけない。>

 

美術館の場合は

<美術館については誰にでも貸すわけではないので、市民会館の場合と考え方が少し違いますが、いずれにしても、行政の考えによって、不当に作品を排除することはできません。>

と言う。

原則的にはその通りだ。だが、相手は悪名高い北朝鮮南朝鮮、そこに支那も加わった連携チーム。彼らが「愛知県が認めた!!」と世界に向かって大宣伝する事は明らかだ。「誤解です」と言う声はかき消される。困る立場に追い込まれるのは美術館と県なのだ。これを考慮すれば展示を閉鎖しても<行政の考えによって、不当に作品を排除>したとは言えない。

 

市民会館が左翼団体に部屋を貸しても問題ない理由は、保守団体にも部屋を貸して平等を担保し得るから。

だが、あいちトルエンナーレ2019で津田窃盗推進者副社長は平等を担保しなかった。あいちトルエンナーレ2022があるとして、2022では津田窃盗推進者副社長が排除した傾向の作品が展示され、公平が担保される保証は無い。展示テーマが変わるかもしれないし、2022も津田窃盗推進者副社長かそのトンジ(同志)かトンム(同務)が芸術監督かもしれない。

よって2019に津田窃盗推進者副社長が排除した傾向の作品も展示すべきなのだが、展示してない。

だから、津田窃盗推進者副社長が推薦する作品を排除しても、これは曽我部氏が言う<行政の考えによって、不当に作品を排除することはできません>には当たらず、正当な理由で展示しない、となる。

 

・曽我部トンジとHUFFPOSTが隠そうとするもの

先に引用した通り、曽我部トンジは

<(「少女像」や「昭和天皇をモチーフにした作品」に対して)不快な思いをしたら、口にする権利があります。まさに表現の自由です。>

言っている。

 

今月は何月だろう? 

8月だ。

 

8月なのに特攻隊員を貶める作品に言及が無いのは何故だろう?

曽我部トンジは津田窃盗推進者副社長の悪行を矮小化しようとしているのか?

あるいはHUFFPOSTの両くんが伝えなかったのか?

 

 

曽我部氏はHUFFPOSTトンジが設定した狭い視点からこの問題を論じさせられたようにも見える。

 

お気の毒に。

リテラシーが無い毎日新聞が「歴史リテラシーの不足」と主張 終戦の日の社説

変態 毎日新聞が社説『終戦の日と戦後処理 世代をまたいで辛抱強く』(https://mainichi.jp/articles/20190815/ddm/005/070/063000c)を掲載した。

 

毎日は

<昭和から平成、令和へと時代を経ても、戦争の後始末がいかに困難であるかを物語る。一度手を染めると、修復するのに何世代もかかるのが戦争の宿命だ。>

と概括する。

それは正しいのか?

米英仏独墺露で賠償云々と今でも言っているのだろうか。日本が朝鮮を併合したように、ドイツはオーストリアを併合した。オーストリアはドイツに賠償を今でもしつこくせびっているのだろうか。

もしかしたら、言っているのかもしれない。だが、報道は無い。さては変態毎日新聞情報隠蔽をしているな!!(笑)

 

平和条約を結び、条約上の義務を果たしたなら、戦後処理はそれで終わり。その後の問題は各々の国内の問題だ。

 

この社説に見出し「歴史リテラシーの不足」がある。

そこに

<こうして1951年9月調印のサンフランシスコ平和条約は、日本に十分な支払い能力がないことを認めて、役務提供という日本に有利な賠償方式が採用された。>

とある。

 

まず第一に毎日の認識不足を指摘しておく。クラウゼヴィッツは「戦争は他の手段をもってする政治の延長」と指摘した。ならば、平和条約締結交渉は「他の手段をもってする戦争の延長」なのだ。変態毎日新聞は知らないのかもしれないが、敗者が交渉の場で闘争し、有利な条件を勝ち取る例は、身近でも日露戦争など、よくあることなのだが。

 

負けた側は勝った側の言いなりという決まりも、より良い条件を求めてはいけないという決まりも無い。

 

次に変態毎日の歴史リテラシーの欠如を指摘する。

 

変態毎日は「サンフランシスコ平和条約」と言及している。サンフランシスコ平和条約に触れている以上第二次世界大戦は知っていよう。普通の人なら第二次があるなら第一次世界大戦があると推定するし、実際、第一次世界大戦はあった。

 

閑話休題

苛斂誅求という言葉がある。

礼記に「苛政猛於虎也」(苛政は虎よりも猛なり)とある。(舅、夫、息子が虎に殺され泣いていた婦人が、孔子に「どうして他所に移らないのか」と問われ、「苛政無し」と答えた。孔子は弟子に向かって「「苛政は虎よりも猛なり」ということを覚えておきなさい」と注意喚起した。)

泥舟変態毎日から大量のネズミが逃げ出している。支那の古典を知る人も逃げ出しているのだろう。

 

さて、第一次世界大戦の後、英仏は莫大な賠償金を当然のこととしてドイツに課した。貧困に喘ぐドイツ人は英仏に敵意を抱いた。これが第二次世界大戦の原因の一つになったという認識が広がった。

 

話を戻す。

 

アメリカは日本を焦土にした。かつ、アメリカは日本の実情を知り尽くしていた。また、アメリカには日本を繁栄させる意思は無かった。即ち、日本にドルを稼ぎ出す能力はその時点もその先も無いとアメリカは判定していた。

だが、アメリカは賠償が欲しい。となれば、資源もない日本には役務提供ぐらいしか方法は無かったのだ。

 

先に「平和条約締結交渉は「他の手段をもってする戦争の延長」」と書いた。

では、焦土と化した日本には交渉の武器となるバーゲニングパワーはあったのか?

 

あった。

 

悪いことに敗戦時の日本人は世界の最貧民。共産主義が魅力的に見えると考えられた。困ったことに1946年にアメリカ製の日本国憲法は公布されてしまった。公布前で、同年の総選挙では社会党共産党で466議席中98議席をとった。ソ連支那には思想改造中の抑留者が10万単位でいた。アメリカが苛斂誅求すると、反米機運が高まり、暴力革命でなくとも、民主的手続きで日本が親ソになる可能性があった。

 

支那がよく使う第一列島線なる概念がある。アメリカは同様の概念を考えつかなかったか?

 

特に、海軍が。

 

米海軍はロシアが不凍港を求めていたことを知っていたのだ。

 

赤化した日本がソ連に協力してソ連の造船所で艦船を造り、横須賀から出撃するというビジョンはアメリカ海軍には煩わしいと感じられただろう。

アメリカはドイツのV1からヒントを得て1946年にレギュラスという潜水艦搭載対地ミサイルの開発を始めた。ドイツの科学者や技術者はソ連も攫っていた。ソ連の核実験は1949年に行われた。日本には当時世界最大の潜水艦伊400を作り3機の攻撃機青嵐を搭載した。帝国海軍はこれでパナマ運河を空襲した。ひょっとすると、ソ連には魅力的に見えるのでは?

 

また、ソ連の戦車と日本兵の組み合わせもアメリカ陸軍には厭わしい。

 

ちなみに北朝鮮の南は1950年に開始された。

 

変態毎日は

<若い政治家には「日本は過酷な条件で十分に償った」と思い込んでいる人がいる。日本に寛大だった講和内容の理解不足だ。政治家は歴史へのリテラシーを高める必要がある。>

と書く。

講和内容が日本にとり寛大だとしたら、寛大にならざるを得なかったのだ。ところが、変態毎日はアメリカが寛大だと無邪気に書く。どうやら変態毎日新聞は日頃の反米とは裏腹に、アメリカが強いたWGIP(ウォー ギルト インフォーメーション プログラム)の影響下に未だあるようだ。

アメリカが寛大だったとして、何故寛大になったのか? そこを考えない変態毎日はリテラシーに欠ける。

 

戦勝国は領土をしばしば割譲させる。大東亜戦争でもソ連はそうした。アメリカ。は原爆を落とした中国九州は避け、例えば、関東地方を割譲させてもよかった。だが、

(世界の最貧国朝鮮を併合して人々の生存を助け生活水準の向上を実現した親切な日本と違って)

アメリカは占領に留めた。何故か。割譲させればその地に住む千万単位の日本人を生存させねばならない。アメリカはそのコストを厭うたのだろう。更に、一定の地域に住み団結した民族によるアメリカ政治への影響を嫌ったのだろう。そもそも、日本にはアメリカにとりメリットとなる資源が無い。アメリカが損得勘定を弾けば明らかにマイナスとなる。

 

 

ああ、変態毎日新聞の論調に乗せられ視点が逸れていたことに気がついた。

変態毎日は「戦争の後始末がいかに困難であるかを物語る」と日韓問題を想定して評価する。だが、言うまでも無く日本は第二次世界大戦で朝鮮と戦っていない。いはんや韓国をや。

 

この社説は韓国の応募工訴訟おける南朝鮮最高裁判決を念頭に、南朝鮮の立場で書かれている。日韓条約で日本の支払い義務は南朝鮮へ移行した。だから、元応募工らへは文氏朝鮮政府が支払えば良いだけのことだ。さすがは変態。このシンブルな解に触れていない。

 

津田の仲間が辞退しているだけ?「新たに9組参加辞退、トリエンナーレ 不自由展中止に抗議」

あいちトルエンナーレ(©︎渡邉哲也)2019に出展している作家が参加辞退している。

 

あいちトルエンナーレ2019の招待美術家は津田大介ヘイト屋兼タブルスタンダーにして窃盗推進者副社長(45)が自分で選んだ。

 

「津田窃盗推進者副社長のトンム(同務)が辞退しているんだね」が私の感想。

 

実のところは、辞退すれば、彼らの言うところの不自由を推進することになるのだが。

 

今回の9人は外人。おそらく、津田の仲間(だった?)「表現の不自由展・その後」実行委員会かその背後にいる存在から、朝日の英語版か偏向記者が書いた英語記事を基にした説明を受け、不自由を推進することになるとは知らずに、辞退したのだろう。

 

辞退者は南朝鮮の二人と学芸員のペドロ・レイエスと以下。

ウーゴ・ロンディノーネ(米国)、

モニカ・メイヤー(メキシコ)、

タニア・ブルゲラ(キューバ、米国)、

ハビエル・テジェス(米国)、

ジーナ・ホセ・ガリンド(グアテマラ)、

ピア・カミル(メキシコ)、

クラウディア・マルティネス・ガライ(オランダ)、

レニエール・レイバ・ノボ(キューバ)、

ドラ・ガルシア(ノルウェー

(中日新聞 https://www.chunichi.co.jp/s/article/2019081490131134.html)

 

作家は66組(中日新聞 北海道新聞では約80組と津田窃盗推進者副社長が述べている https://www.hokkaido-np.co.jp/article/322393)

南朝鮮人が少なくとも二人もいるのは明からに国籍差別がある。

また、上記にキューバという共産党独裁国家から二人もいる。これも国籍差別だ。おそらく、彼らは共産党独裁国家でも不自由をさほど感じていない作家だ。やはり、津田窃盗推進者副社長の人選は偏っている。

 

仮に、「表現の不自由展・その後」が再開されたとしよう。そうなると内藤陽介氏が言うように津田窃盗推進者副社長と大村秀章愛知県知事はヘイト展示続行という針の筵に座り続けさせられる

 

その辛さに耐えられれば、ヘイト展示を既成事実化できる。

 

二人は迷うところだろう。

 

 

 

大村愛知県知事、まだ憲法21条の検閲と言い張る

大村秀章(59)愛知県知事あいちトルエンナーレ(©︎渡邉哲也)2019実行委員長があいちトルエンナーレの企画展「表現の不自由・その後」閉鎖について話した。その中で、大村言論弾圧者は津田大介ヘイト屋兼ダブルスタンダーにして窃盗推進者副社長(45)に改善要求をしたところ、津田窃盗推進者に

<「それだったらこの企画をすべてやめる」>(*1)と脅された。

大村東大法学部卒者は「表現の不自由・その後」を続行した理由として

(<企画を全てやめる>と)<憲法21条の話になってしまう恐れがある。ましてや事前ですからね。>

とした。

 

既に私は『大村愛知県知事にして検閲者、他人を検閲とののしる』で憲法21条の検閲について検討した。憲法21条が言う検閲とは以下を満たす必要がある。

・行政権が主体であること

思想統制であること

・網羅的・一般的な禁止であること

・事前規制であること(発表前の審査、禁止)

(検閲と事前抑制の禁止 https://ja.wikibooks.org/wiki/検閲と事前抑制の禁止)

 

上記条件を再度検討してみる。

1.あいちトルエンナーレ愛知県や名古屋市とは別団体だ。行政権と言えるのだろうか?

2.美術品に明確な思想があるのか?牧場の絵を見てビーガンは騒ぐかもしれないが、大概の人は美醜を判断するだけだ。ピカソの『ゲルニカ』を観て戦争を良きものと見る人もいるかもしれない。

展示品が美術品では無いと言い張るなら、それは美術展に相応しくない。

3.一展示会で展示させないことが「網羅的・一般的な禁止であること」であるのか? 他にも美術品展はある。朝鮮人戦時売春婦像は南朝鮮アメリカへ行けばいつでも見られるのだ。(不愉快さを我慢できればだが)

4.例えば2015年の「表現の不自由」展などで既に発表ずみの美術品を展示しないことが「事前規制であること(発表前の審査、禁止)」に当たるのか?

 

そもそも、検閲とは

書籍・新聞・映画・放送あるいは信書などにより表現される内容を,公権力が事前に強制的に調べること。憲法により禁止されている。

(Macスーパー大辞林)

のように公権力が他者の発信を妨げることだ。

新聞の投書欄に全ての投書は掲載されない。これを検閲と騒ぐ常識的な人はいない。

公報に市民の投書が掲載されることがある。全ての投書が掲載されてはいないと思う。これを検閲と騒ぐ常識的な人はいない。

あいちトルエンナーレは展示しない作品を選んでいる。選に漏れたと言って検閲だと騒ぐのは駄作の作者で、かつ、非常識な人以外はいない。

 

あいちトルエンナーレが行政権だとしても、公報同様、展示内容を選別することは検閲には当たらない。

 

大村東大法学部卒言論弾圧者は閉鎖騒ぎの後憲法を学び直したのだろうか?

 

津田大介ヘイト屋兼ダブルスタンダーにして窃盗推進者副社長(45)には大村東大法学部卒言論弾圧者(59)と同程度の美術センスしか無い。大村東大法学部卒言論弾圧者は自信を持って津田窃盗推進者副社長の提案を却下すれば良かったのだ。

 

大村東大法学部卒言論弾圧者は農水省のお役人としてやらない理由をいろいろ捏ねてきたと思う。今回だけ却下理由をでっちあげなかったのは何故だろう?

 

(*1 KSL-Live!様 https://ksl-live.com/blog25084)

 

失業対策としての韓国反日デモ

西村金一様がJBpressに『扇動され反日繰り返す韓国人の民度と哀れ

デモと不買運動をつぶさに検証、裏で糸引く親北勢力浮き彫りに』(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57287)

を掲載されました。

西村氏は一つのデモを分析され、次のような特徴を指摘されています。

・ビラが(紙の色以外は)同じ

・うち揃って日本のブランドの名前が書かれた箱を踏みつぶしたが、箱自体は同じ

・では、何故、本物の日本の製品を踏み潰さないのだろう?

 

以上から西村様は、少なくともこのデモにはオルガナイザーがいて、オルガナイザーがビラや踏み潰される箱を準備して人を集め演技させていると推測されています。オルガナイザーは南朝鮮文在寅系の人と組織であろうとしています。

更に、西村様は

<解散した時の様子で、本気か指示を受けて動いているのか、雇われているのかがよく分かる。参加者には、陰で、日当が現金で手渡されるという仕組みだ。>

と指摘されています。

 

南朝鮮は高い失業率を誇っています。デモは公共事業と推測するのは簡単ですが、実際にはもっと深い狙いがあると思われます。

それは、

反政府運動を起こさせない

です。

 

 

津田大介の芸術的浅さが分かる動画

内藤陽介版“表現の不自由展” 世界を読む 吉田渚【チャンネルくらら】

 

内藤陽介さんは郵便学者を名乗っています。内藤さんは切手のコレクターです。コレクターが切手の展覧会に出品する際、テーマを決めテーマに合う切手を用紙(複数枚可)に構成展開して作品とします。作品が展示会に採用されれば、審査員が審査し、順位が決められます。内藤さんは出品者も審査員も経験しています。

 

内藤さんは出品者と審査員の視点から、あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」の改善例を示されています。

(私見を付け加えさせて頂けるならば、「表現の不自由展・その後」は単なる再展示に過ぎないようで、発展や展開がありません。)

 

 

Tsherin Sherpa, Tara Gaga, 2016.(myartguides.com様より引用 http://myartguides.com/exhibitions/tsherin-sherpa-beautiful-decay/attachment/unnamed-137/)

 

 

Ablikim Ghini, Waiting (jolyday.com様より引用 https://jolyday.com/profile/son_of_tengri/photo/1896633280586130245_3073749025)

jolyday.com

 

 

河村市長が例えば消費税反対と言ってはいけないのか? 憲法学者木村草太のあいちトリエンナーレへの事実誤認の検閲批判

 

九九ができない憲法学者の木村草太ちゃん(39)が、あいちトルエンナーレ(©︎渡邉哲也)へ意見具申した河村たかし名古屋市長を次のようにこき下ろした。(2019/08/07 テレビ朝日モーニングショー)

 

・<広辞苑の定義は一般的な定義で、最高裁判例は、もっと狭い定義をしているので、そういう意味では河村さんのおっしゃっていることは、検閲の定義が法律論として正しいのかもしれませんが>(*1)

 

河村たかし名古屋市長の発言は大村秀章愛知県知事兼あいちトルエンナーレ実行委員長(59)の次の発言を受けたものだ。

<「憲法21条で禁止された『検閲』ととられても仕方がない」>(https://www.asahi.com/articles/ASM853C9KM85OIPE008.html)

 

大村トルエンナーレ実行委員長は明確に「憲法21条で禁止された『検閲』」と限定している。従って、

<検閲の定義が法律論として正しい>ので河村市長の発言に問題は無い。

 

草太ちゃんは文脈を知らずに、(こちらの方が可能性が高いと思うのだが)文脈を創作しつつコメントしているのか。将棋は文脈を無視できない。同じそうたでも藤井聡太氏(17)の方が草太ちゃん(39)よりはるかに能力はありそうだ。

 

・<河村さんは芸術の専門家ではないので、この展示が適切、不適切と、法的立場でコメントすることが越権行為となります>

草太ちゃんに問いたい。津田大介ヘイト屋兼タブルスタンダーにして窃盗推進者副社長(45)は多くの肩書を持つが、芸術の専門家なのかと。

津田大介ヘイト屋兼タブルスタンダーにして窃盗推進者副社長(45)は自称ジャーナリストと自称しているが、芸術家とは自称すらしていない。草太ちゃんのロジックなら芸術の非専門家が展示した展示を河村市長がコメントして問題が無いことになる。

草太ちゃんは社会問題にいろいろ憲法的立場でコメントしている。だが、草太ちゃんは個々の問題の専門家なのだろうか?(笑)

 

私は税金の専門家では無い。だが、私が市長という法的立場にあるとして、消費税反対とコメントを出すのは越権行為なのか?>草太ちゃん

 

また、草太ちゃんは<コメント>という用語を使っている。コメントを出すことすら許されない社会が草太ちゃんの好みなのだろう。

 

名古屋市はあいちトルエンナーレに2億円の資金を出している。この原資は税金だ。出した資金が適切に使われているかを監視するのは市長の越権行為なのだろうか。

草太ちゃんの視野は狭すぎ、市長の役割を捉え切れていない。こちらの方が可能性が高いと思うのだが、草太ちゃんは番組を忖度して河村市長を役割を限定しているのだろう。

 

・<河村さんには、ぜひ、あの、今回の発言が、本当に、あの朝鮮の方、朝鮮半島の方とか、あるいは天皇制に批判的な意見を持つ方に対する差別意識がなかったのか、自分の胸に手を当てて、よく考えて欲しいと思います。>

嘘と知りながら相手の言いがかりを受け入れるのも、立派な差別だ。草太ちゃんこそ、<今回の発言が、本当に、あの朝鮮の方、朝鮮半島の方とか、あるいは>皇室に肯定的な<意見を持つ方に対する差別意識がなかったのか、自分の胸に手を当てて、よく考えて欲しいと思います。>

 

(*1 宮脇睦@LVL48.みやわきチャンネ様 https://twitter.com/miyawakiatsushi/status/1159288460210917378

https://pbs.twimg.com/media/EBaetVmVUAAAxJD.png

)