(パヨクの)「肖像権」

昨夜(2017/06/23)、パヨクが『ニュース女子』に抗議デモを実行した。これに対抗して『緊急生放送!虎ノ門ニュース ~デモ隊が来るのでとりあえず番組立ち上げましたSP~ 』を放送した。

 

この時、「肖像権がある」とかいう発言がスタジオの外から聞こえた。デモ隊が来る前なので別のバヨクに嫌がらせをされた一般の人の発言かもしれない。

 

ジジイパヨクが言ったら、ちょいと口ごもった感じで「「処女権」?平民のおまえには無いよ」と言ってみたい。

 

ハバアサヨクが言ったなら「「処女権」? まだ処女なんですか?」

あるいは「「処女権」? LGBTの方ですか?ディルドで破るんですか?無理矢理やぶると強化された暴行罪で重罪になりますよ。」

と言ってみたい。

文ジェイソ韓国大統領、ディスカウトシャパン始める

韓国酋長の文ジェイソンが大々的にディスカウントジャパン活動を始めた。

ジェイソは下朝鮮で原発の新設を停止、延命中止を発表した。

その理由として、どうやら東京新聞が独自にでっち上げた(?)、福島原発事故で1368人死亡を挙げた。

 

この発表は世界中の反原発を唱える人に引用されるのではないかと思う。

 

勿論、福島原発事故で出た放射線で死亡した人はいない。

どうやら東京新聞が独自にでっち上げた(?)1368人も放射線で死亡されたのではなく、震災や事故の(広い意味での)ストレスでお亡くなりになったのだ。

 

だが、反原発で、かつ、頭がお花畑の人はストレスではなく、放射線障害でお亡くなりになったと考えるだろう。

 

流石は、ディスカウトジャパンの大家である下朝鮮、族長ジェイソが率先して日本は危険だと日本棄損をしたのだ。

 

ところで、下朝鮮では、獣医が不足しているのか、鳥インフルがしばしば蔓延している。このため鶏卵が不足している。日本から輸入しようとしているのだが、ネットでは放射能卵なんか食えるかという発言が多いそうだ。

 

これで下朝鮮人が日本に来なくなれば、儲け物なのだが。

 

公明都議が公然熱烈キス

週刊文春2017/06/22のワイド特集『「昼顔」と「夜顔」』の『公明党議員が創価学会婦人部熟女と熱烈キス写真』という記事のツッコミが足りない。

公明都議で3人の子持ちの古城将夫君(37)が、貸切でもない寿司屋のカウンターで、熱烈キスをした。お相手は創価学会婦人部の72歳のごれい人。

 

もしかしたらお年のせいで欲棒の制御が効かなくなったのかもしれない、72歳のごれい人からキスを求められので、舌だけの話で、まあ、大したことではないようだ。

 

だが、世界に目を広げるとフランスにはマクロンという25歳年上の女性と略奪(?)結婚した政治家がいる。文春もこれと絡めるぐらいの芸を見せて欲しかった。

 

古城ちゃんはマカノンでいなかったのかな?

池上彰 教育勅語には文法間違いがある?!

週刊文春2017/03/30の『そこからですか!?』で池上彰は、教育勅語の「一旦緩急アレハ」

は文法上間違いだとしている。

池上は、「一旦緩急アレハ」を「もしも国家に危機のあるときは」という仮定文と解釈し、議論を進めている。

そして、

1. 当時の文法だと、仮定法は「未然形+バ]が正しく、「アレハ」ではなく「アラハ」である。

2. 「「一旦緩急あれば」となると、「危機は必ず来るから、その時には」という意味になってしまう」とダメ出ししている。

 

 

さて、ここで教育勅語使われ方を考えてみよう。

 

まずに勅語天皇陛下の御名で公示されることを念頭に置こう。

教育勅語は誰が教えるのか?

先生だ。中には文法に詳しい先生もいるだろう。

どこで教えるのか?

学校だ。小生意気な学童はミスをあげつらうのが好きだ。(実際、『気になったことをメモるメモ帳』様*1。井上はWikipediaによれば熊本藩校の秀才で文部大臣等を歴任したし、元田は儒学者で宮中顧問官になった人であり、共に無学では無い。わざわざ「ラ→レ」と直しているので、単純な文法間違いではない。

 

更に、上記『「教育勅語」に 文法の誤り?』には「アレハ」は「已然形+バ」で、「已然形+バ」は、通常[~なので]という確定条件を意味するが、[~するといつも、~するときは必ず]という恒常条件の用法もあると書かれている。文中には「瓜食めば子ども思ほゆ」(万葉集)などの例が挙げられている。つまり、「先んずれば人を制す」「2に2を足せば4になる」「風が吹けば桶屋が儲かる」といった用法なのだろう。

そうそう、「池上に間違いあれば、これを正さん」(池上には必ず間違えがあるのでそれらを訂正しよう)という例が良いかな(笑)。

(恒常条件は耳慣れない用語だが、検索してみると学研全訳古語辞典などにも記載があり、入試にも出るようだ。)

 

続いて、解釈上の疑問点だ。

池上は「もしも国家に危機のあるときは」と現代語訳している。私にもこの訳は、正しいと思えた。 

 

だが、「国家」はどこから湧いて出たのだ?

 

勅語の徳目は父母、兄弟、夫婦、朋友と身近なことを題材にしている。とすると緩急は国家の緩急ではなく、(主に)身近なしょっちゅうおきる緩急だという解釈も成り立つ。

つまり、火事(銀座は防火を目的として煉瓦造りになったことを想起しよう)、地震(予見したとは思わないが、翌明治24年には死者行方不明者7273人の濃尾地震が起きた)、ひったくり、スリ、痴漢(当時はいなかったかも)を見たら「義勇を公に」しろと言っているのだと、私は考える。

 

私は無学だということを断っておく。「一旦緩急」は国家の緩急を指すことが決まり事なのかもしれない。だが、国家の危機だとしても池上の論難には弱点がある。

 

教育勅語が出されたのは明治23年(1890年)だ。時代背景を見てみると、幕府が転覆してから20年後。西南戦争は明治10年だ。動乱の記憶は鮮やかだろう。

更に、清は軍艦鎮遠定遠等を以って我国を脅し、あまつさえ明治19年には、清国水兵500が長崎で日本人の運命はこうなるとデモンストレーションしてみせてくれた(長崎事件)。

日本の脇腹に突きつけられた匕首朝鮮ではロシアと清が覇権を競っていた。日清戦争は明治27年だ。

このような時代背景からすれば、池上がダメ出しした解釈(国家存亡の)「危機は必ず来るから、その時には」は少しも駄目ではなく、活きているのだ。

 

池上の文春コラムの原稿料は知らないが、きっと、十分な時間をかけられるほどではないのだろう。だが、(日本国憲法以外の)公文書は推敲されるという常識があれば、このコラムのような内容にはならなかったはずだ。

 

(文中敬称一部略)

 

*ショックなのは『お言葉ですが・・・』の高島俊男さんまでが、「アレハ」を文法間違いとしていたこと。

*1:http://petit.air-nifty.com/citron/2008/10/post-9b09.htm)記載の池田一貴様の文『「教育勅語」に文法の誤り?』によれば、大宅壮一が文法間違いだと言って教師に叱られたとある。)

 

つまり、教育勅語に文法の間違いがあれば、陛下に恥をかかせることになる。

 

そのような文章が推敲されないと池上は考えているのか(笑)。

 

上記『「教育勅語」に 文法の誤り?』には「実際に修正の朱筆が入った教育勅語草稿を写真版で見ると、井上の第十回草案に「アラハ」とあったのを、元田が「ラ→レ」に訂正している」とある(注:井上は井上毅(こわし)、元田は元田永孚(さがざね

逆に忖度は無かったことを証明「書いているなら発言は有った」

加計文書を問題とするには幾つかの証明が必要だ。

1. 文書が本当に存在する

2. 文書は偽造ではない

3. 「官邸の最高レベル」などの発言が本当にあった

4. それらの発言が加計学園についてのものだった(「戦略特区を推進することは官邸トップレベルの意向です」では不充分)

5. 総理や官房長官が「加計学園の為に特区を早く成立させろ」というような指示を発言者に出した

6. 「官邸の最高レベル」などの発言が意志決定過程に影響した

 

(最初に以降の議論は無駄となる重要な断りをしておく。高橋洋一氏は、文書が書かれる前に特区は決定していた、文書は省内向けの言訳でしょ、と言っておられる、端から文書は問題にするに値しないとしている。)

 

2017/06/15に文科省が発表した調査内容では上記条件を全て満たしたとは言えない。

発表では「官邸の最高レベル」という文言を書いたとされる課長補佐の発言

A.「個人のメモだろうと考えている」

B. 「細部まで覚えていないものの、ここにこういうふう(ママ)記述ある以上は、えー、こうした趣旨の発言があったものだということだ。但し、その真意は分らない」

が公表された。B.については「総理の意向」という文言についても同じことが述べられた。

書いてあるから有ったんだろうというのは、普通なら、妥当な推測だが、クラッキングにより改竄された可能性を見逃している。改竄された可能性については言及がなかった。また、自分が捏造したがそれを忘れてしまったという可能性もあるが、やはり、言及はなかった。

 

議論を進めるために改竄や捏造でないとしよう。

 

ところで、野球大会の決勝戦で決定打を忘れはしない。長く語り継がれるだろう。

意思決定において「官邸の最高レベル」が決定的な役割は果たしたのなら、それを覚えているだろう。覚えていないということは、「官邸の最高レベル」が常套句で「ああ、また言ってるよ」程度のもので、意思決定には関係が無かったことを示していると私は考える。

 

文章の発見場所もまた問題だ。最初の調査で担当部署にそういう文書が見つからなかったことも

「官邸の最高レベル」という発言があったかどうか疑問を産む。

文科省の意思決定プロセスについて私は無知なのだが、担当部署にそういう文章が無かったことは「官邸の最高レベル」という発言が無かったか、有ったとしても影響力を持たなかった証拠だと思う。

「どこかの国(の人)と違って」

 

関係がない文脈なのに、日本を貶めるめるために、「どこかの国と違って~している」と言い方をよく見る。

例えば週刊文春(2017/06//08)『池上彰のそこからですか!?』では、コミー前FBI長官の解任問題で特別捜査官が任命されたことについて、池上は「どこかの国の官僚のような忖度をしない人間がいるのがいるのがアメリカの強み」と書いている。池上はこの文に限らず「どこかの国(の人)と違って」を多用している。

 

そもそも、コミー自身が忖度の塊だと思う。恐らく、ヒラリーもトランプを直接コミーに捜査開始中止依頼はしていないだろう。が、コミーは、トランプに忖度してヒラリーの捜査をすると言い、次にヒラリーに忖度して「やーめた」と言った。まあ、只の脅しかもしれないけどね。でも、脅しだとすると、将来の大統領に今後の忖度を強要したとも言える。

 

池上が仄めかすように、日本には忖度しない官僚はいないのか?

例えば一色正春氏は当時の仙谷官房長官をはじめ民主党政権に忖度することなく、中共漁船の日本国権への体当たり攻撃の動画を公表した。

 

政治ともなると複雑で、忖度をする/しないを同時にする人がいた。当時の田中真紀子外相は日本人である拉致問被害者には忖度することなく、北朝鮮に忖度して金正男をリーリスしてしまった。

 

(文中一部敬称略)

偏差値28の大学だよ、一橋は>KSMさん

KSM様が百田尚樹さんの一橋大学で予定されていた講演会がパヨクに圧殺されたことに怒っておられ、「レベルが低くなったあ一橋ってえのこれ。バカになりましたね一橋大学」と慨嘆されておられました(https://www.youtube.com/watch?v=ixROlShCgZc 36:45ごろ)。

 

ねえねえ、KSMさん、一橋には奥田愛基がいるんですよ、推して知るべしでしょ。