違うだろ~辻元清美「戦艦大和に竹やりで」ブーメランでは?
「セメントいてコマす」辻元清美が国会の質問品質向上の動きに
「戦艦大和に対して、私たちは竹やりで戦っているようなものだ」(朝日新聞 http://news.livedoor.com/article/detail/13828192/)と「反動」した。
私は、この発言に非常な違和感を持った。戦艦大和も竹槍も、戦争終盤の日本国民の想いの象徴だ。
戦艦大和は「沖縄県民の一助にならん」という、かなわぬ望みを持って出撃した。
竹槍も満足な武器も無い中での選択だった。日本を守る最後の戦いで女性が使うつもりで訓練した。竹槍で米兵に立ち向かったら、どうなるか結果を承知した上で。
私は胸が塞がれてしまう。
なのに朝日は「セメントいてコマす」のこんな写真を使う。
(http://image.news.livedoor.com/newsimage/stf/5/f/5f078_1509_c560e844_63cf55f4.jpg)
「セメントいてコマす」は常に日本的なものへの反感をあらわにしてきた。それなのに、自らの愚かさが招いた現況において、余りにも日本的な、そして高貴な戦艦大和と竹槍を持ち出すした。
また、「セメントいてコマす」辻元清美の政治家としての時代感覚にも呆れた。
開戦劈頭、帝國陸海軍が明らかにした戦艦大和は陳腐化した。そんなことも知らない政治屋に国防は任せられない。
「セメントいてコマす」の反米感を表すなら、隔絶する戦力比への絶望感を吐露するなら「B-29に対して、私たちは竹やりで戦っているようなものだ」がふさわしい。
だが、「セメントいてコマす」辻元清美よ、お前のレベルにふさわしい武器はブーメランだよ。