今更、朝日ビビるなよ 『日本を貶める日本人をあぶりだせ』産経

2017/10/19に産經新聞は『日本を貶める日本人をあぶりだせ」というタイトルの産経抄(http://www.sankei.com/column/news/171019/clm1710190003-n1.html)

を掲載した。

 

人にものを頼むとき、「しろ」とは言わない。「してください」、あるいは、「してくださいませんか」と言う。『マイ フェア レディア』のヒギンズ教授のような例外もコミックではしばしば見かける。それらの登場人物を類型化すると、プライドが高く目下の人にお願いすることに恥ずかしさを感じてしまう人たちだ。彼らは、本心を隠して言う。例えば「あの棚の上の本は位置が美学的風水的見地からすると難がある。テーブルの上に置きなさい」のように。

 

先の総選挙で朝日新聞は『自民党 数におごることなかれ』と社説(http://www.asahi.com/articles/DA3S13196375.html)

に書いた。

朝日新聞の上半期の部数は6,258,582部で産経新聞は1,555,261部(http://www.kokusyo.jp/oshigami/11926/)だった。

衆議院は与党対野党の比率は2:1。だが、部数の比率は朝日4対産経1。朝日から見れば、産経は格下だ。

 

そして、「安倍葬式はうちで出す」と国葬を差し置いて言うくらいだから朝日はプライドが高い。

 

見事、上の類型に当てはまる。

 

過去において、朝日新聞は日本を貶めてきた。最近では慰安婦フェイクニュースや吉田調書のフェイクニュースで日本を貶めた。産経にそれらをあぶり出されたらどうしようと考えた。我々には既知の事実なのだが、朝日は小さく訂正しただけだから、まだ、一般にはフェイクだと知れ渡っていないと痴れ者朝日は信じ込んでいるのだろう。

 

産経にあぶり出されるのを恐れた朝日は、素直に「やめてください」と哀願すれば良いのに『産経新聞コラムのウェブ版、「排他的」見出しに批判次々』(仲村和代、田玉恵美 (http://www.asahi.com/articles/ASKC1666HKC1UTIL04M.html )と言う記事を出した。産経の記事に遅れること2週間以上。無視しきれなくなったのか。

 

 

朝日に金を払う気はないので、以下は無料公開の部分に対する批評となる。

 

まず、見出しに排他的という単語を使うことが不適だ。産経のタイトルは『日本を貶める日本人をあぶりだせ』だ。『日本に潜むxx人をつまみ出せ』ではないのだ。「排除」がヒットしたから、使ったのだろうか? 読者を誘導しようとする意図が感じられる。添削するなら「排内的」だ。

 

産経の記事の内容は、朝日の要約を引用すると

「「報道の自由度ランキング」で日本の順位が低いのは、「日本に対する強い偏見」に加え、「一部の日本人による日本の評判を落とすための活動」が助長しているためだ、などと批判する内容だ」

と、朝日ですらケチを付けられないまっとうな内容だ。だから朝日も

紙面に見出しはついておらず、本文中にも「あぶりだせ」という表現はない。

と結論づけている。

だが、それでは困る。朝日はタイトルだけに難癖をつけた。産経は朝日の常套手段でもある炎上商法をやっただけなのに。

 

タイトルしか読んでなさそうな「約1万2600人のフォロワーがいる編集者の」早川タダノリとかいう人の

「『非国民狩り』を提起していて、もはや報道ではなく憎悪扇動ビラ」

というtweetや

これまたタイトルしか読んでなさそうな亀井信孝愛知県立大学教授の

「異なる者に対して攻撃をそそのかす言説をまき散らす団体に、ジャーナリズムを名乗る資格はない」

というtweetを紹介した。

 

本当は良くないのかもしれないが、先出の二人のコメントはまあ良しとしよう。

問題なのはしばき隊(現C.R.A.C.)という内ゲバも好む暴力的な組織に近いらしい、そして自身も反社会的な安田浩一ストーカー(53)をもっともらしい肩書きで紹介し、

「「大手メディアによる排外的な論調がはびこることで差別のハードルが下がり、一般の人にも排他的な主張が広がる悪循環が起きている」と指摘した。」

と紹介した。彼の「指摘」(ではなく主張)内容からすると安田浩一ストーカーは記事を読んでいない。

 

余談だが、朝日は他のしばき隊のメンバーも紹介していた。

私の記事『朝日 公職選挙法を忘れたふり『演説にヤジ・抗議だめ? 「聞く権利をふみにじる」「有権者による意思表示」 衆院選』の元となる朝日の記事にはしばき隊の野間易通リーダー格(50-51)のコメントが引用されている。朝日の元記事にも田玉恵美の署名がある。記者とは言え、田玉氏は反社会的かつ暴力的で陰険なしばき隊と繋がりがある。

 

「地獄への道は善意で敷き詰められている」という。悪に染まるのに努力はいらない。田玉さんも朱に交わると赤くなっちゃ…てますね。

共産党志位と朝日 選挙を否定

独裁国家でも選挙や国民投票を行う。

独裁政権に反感が高まっていると独裁政権側が投票で負けることもある。

すると独裁政権側は選挙や投票の無効を宣言する。

事前に負けそうだと判断すると、選挙や投票を中止してしまう。

最近の例だと、ベネズエラ社会主義者の大統領ニコラス マドゥロが大統領リコールの投票を中止した。

 

選挙に負けた志位和夫共産党委員長が自慰となる次の発言をした。

「安倍政権が国民多数の支持を得たと思ったら大間違いだ」(http://www.asahi.com/articles/ASKC14TQZKC1UTFK00P.html)

と発言した。

 

その理由として、今回は

「これは大政党有利に民意をゆがめる小選挙区制」(同)

小選挙区をあげた。別の選挙なら、雨とか暑さとか、あるいは、小泉進次郎氏のイケメンが「民意を歪め」たと主張する。

 

仮に共産党が政権の一翼を担ったとしよう。果たして次の選挙は行われるのか?

行われたとしても、独裁政権の例に倣って、不正が行われたと無効を宣言をするだろう。

あるいは、支那北朝鮮選挙制度に倣った制度に改変してしまうのか。

 

民主主義のルールを敵視する共産党は、やはり、独裁志向の共産党だ。

 

結婚相手としてこの中の誰が良いかと金持ちの美男美女の写真と普通の人の写真を並べて世論調査をしたら、美男美女に人気が集まるだろう。

だが、実際の結婚相手やパートナーは?

 

自分たちが行なった世論調査こそ正しい民意だと言い募る朝日新聞毎日新聞も上記の愚を犯している。

そして、独裁志向の政党に、意図的な、援護射撃をしている。

 

違うだろ~辻元清美「戦艦大和に竹やりで」ブーメランでは?

「セメントいてコマす」辻元清美が国会の質問品質向上の動きに

戦艦大和に対して、私たちは竹やりで戦っているようなものだ」(朝日新聞 http://news.livedoor.com/article/detail/13828192/)と「反動」した。

 

私は、この発言に非常な違和感を持った。戦艦大和も竹槍も、戦争終盤の日本国民の想いの象徴だ。

 

戦艦大和は「沖縄県民の一助にならん」という、かなわぬ望みを持って出撃した。

竹槍も満足な武器も無い中での選択だった。日本を守る最後の戦いで女性が使うつもりで訓練した。竹槍で米兵に立ち向かったら、どうなるか結果を承知した上で。

 

私は胸が塞がれてしまう。

 

なのに朝日は「セメントいてコマす」のこんな写真を使う。

http://image.news.livedoor.com/newsimage/stf/5/f/5f078_1509_c560e844_63cf55f4.jpg

(http://image.news.livedoor.com/newsimage/stf/5/f/5f078_1509_c560e844_63cf55f4.jpg)

 

 

「セメントいてコマす」は常に日本的なものへの反感をあらわにしてきた。それなのに、自らの愚かさが招いた現況において、余りにも日本的な、そして高貴な戦艦大和と竹槍を持ち出すした。

 

また、「セメントいてコマす」辻元清美の政治家としての時代感覚にも呆れた。

 

開戦劈頭、帝國陸海軍が明らかにした戦艦大和は陳腐化した。そんなことも知らない政治屋に国防は任せられない。

「セメントいてコマす」の反米感を表すなら、隔絶する戦力比への絶望感を吐露するなら「B-29対して、私たちは竹やりで戦っているようなものだ」がふさわしい。

 

 

だが、「セメントいてコマす」辻元清美よ、お前のレベルにふさわしい武器はブーメランだよ。

 

地位は守るど!!立憲枝野「憲法改正で首相の解散権無くせ」

立憲民主党のフルアーマー枝野幸男代表が憲法を変更して首相の解散権を縛れと言い出した。

 

 

振り返ってみれば、フルアーマー枝野は民進組の組長を決める入れ札では、後ろから前原誠司民進党組長に歯が立たなかった。後ろから前原はフルアーマー枝野をお情けで若頭にしてやった。それが今では、フルアーマー枝野は、民進組分裂に乗じ、「実際は」民主組の組長だ。涙が出るほど嬉しいだろう。しかも、今後民進組を抜ける三下もたくさん来そうだ。そうなれば政府からの政組上納金で金も山ほど作れる。

 

以上が、フルアーマー枝野にとってプラスの点。

 

マイナス点は組員が尋常では無いこと。既に、女に手を出したことが明るみに出た者が二人。類は友を呼ぶ。まだまだいる。

また、フルアーマー枝野の直轄組員が自民党総裁の選挙妨害をやったこともばれた。ヤクザがカタギに手を出したのだ。サツは黙っていないだろう。

 

ここで、組の説明をしておく。「実際は」民主組、民進組や共産組は一次団体と呼ばれる。一次団体の有力な組員は、二次団体の組長で各々直轄の組と組員を持つ。二次団体の有力な組員も、三次団体の組長で、と続く。

これで、「フルアーマー枝野の直轄組員」の意味が分かったことと思う。

 

更に、フルアーマー枝野が心配している点を上げよう。

組員は裏切る気満々だということ。フルアーマー枝野同様、様我が身が可愛いいだけの組員は民主組の軒を借りているだけなのだ。彼らはそうやって抗争を生き延びてきた。彼らのスキルで向上したのはその点だけなのだ。あ、あと因縁をつけ長々と大声を出すことも。

 

フルアーマー枝野は馬韓直人を最高顧問に据えた。馬韓には昔恩を受けたからだ。また、「セメントいてこます」辻元清美や、機関銃ではなく、単発銃が得意な長 妻「ハジキ」の昭らの盃を受けたが、彼らもトラブルの種だ。

 

ひょんなことで組長になれたとはいえ、フルアーマー枝野も新聞ぐらいは読む。すると、一時は日の出の勢いだった「この門をくぐらされるもの、一切の望みを捨てよ」と恐れられた稀望組の現状も知ってしまう。稀望組を怖がるカタギは4.2%に減っていた。古臭い共産組ですら4.5%もいるのに。

 

フルアーマー枝野と言われるくらいなので、彼は自分が一番大切。稀望組の凋落が民主組にも起きるのでは、と心配してしまう。先に書いたカタギの女に手を出した二人もカタギ衆の嘲のタネになるし・・・。

フルアーマー枝野は民主組もジリ貧になるとと判断した。

 

野心溢れる組長にとり、抗争はチャンスだ。他の組のシマを掠め取り勢力を拡大できるからだ。

 

ところが、日本は長年の不況。現状維持できれば御の字のとする風潮がフルアーマー枝野の業界にも浸透してしまっている。あの、異性が良かった賭場の花、「女壺」振りの村田の連泊ですら、攻めより受けの姿勢が好きになってしまった。

 

次に抗争が起きれば勢力は落ちるのに2020年には抗争が起きるという噂もある。

ならば、とフルアーマー枝野は結論を出した。

 

地位を守るには抗争を起こさせないことだ。

 

 

立憲民主党のフルアーマー枝野幸男代表は憲法を改正して首相の解散権を縛れと言い出した。

 

 

 

 

「名は体を表す」は本当だなあ。 初鹿明博と「立件」民主党

立憲民主党を私は「実際」民主党と揶揄した。ネットでは「立件」民主が有力だ。

やはり、性質が名前に引きずられてしまうってあるんだなあ、と感じている。

善を為すより悪事に染まる方が簡単だから、どうしても悪くなる。

 

「立憲」は「立件」を連想させるから、記者たちは、ついつい、事件を探してしまうのだろう。「立件」の場合、下の「悪魔」ちゃんと違って、自らが付けたのだから自己責任だ。「9条保存党」にでもしておけば、こんなにも酷くはならなかったのかもしれない。それにしても、民進党の時代に文春砲の恐ろしさは味わってはいるはずなのに身体検査はしなかったのか。小池百合子首領様を見習って、「立件」民主党も売り出す商品を峻別しておけばよかったのに。

 

「立件」民主党週刊文春が報じた青山雅幸被嫌疑者(55)を離党させ、山尾志桜里反人倫者(43)入党させなかった。だが、初鹿明博強制わいせつ被嫌疑者(48)の強制わいせつ容疑が発覚してしまい、その努力は無に帰した。

悪いことに、初鹿被嫌疑者には拉致未遂と暴行未遂の前科があった。繰り返しになるが、小池百合子首領様を見習って、「立件」民主党も売り出す商品を峻別しておけばよかったのに。

 

二つの事件とも初鹿被嫌疑者は酔っていた時に起きた。やはり、名前が丹波の銘酒「白鹿」に似ているから気になって、つい…酒に溺れるのだろう。

「明博」は誘魔灯ではなさそうだった。あったとしても、せいぜい「明宏」に惹かれて「あたし綺麗?」と、シナを作って(自称)婉然の笑みを浮かべるぐらいだったろう。

 

初鹿被嫌疑者にとり気の毒なのは下朝鮮に李明博という京城市長が誕生してしまったことだ。明博市長を日本のマスコミは持ち上げた。明博被嫌疑者に明博市長への憧れが無意識に生じただろう。その後明博市長は下朝鮮の族長になって増長し、日本を、天皇陛下を愚弄するようになった。

無意識で明博族長に焦がれている明博被疑者は、日本を、天皇陛下を愚弄する政党に居心地の良さを見出した。

朝鮮では地位が全て。明博族長に焦がれ、真似る明博被疑者も、下のものに慎みを示すことは無い。

 

「白鹿」と「明博」、この二つが初鹿被嫌疑者に地を出させた。

 

明博被嫌疑者は今やばい立場にいる。

最高裁判例変更をしようとしているらしいのだ。

これまで、強制わいせつ罪には「性欲を満足させる性的な意図が必要」が必要だった。詩織氏は恥ずかしさを捨ててまで性犯罪の厳罰化を訴えた。彼女の訴えが功を奏したのか、刑法改正が成った。この流れを鑑みて、「性欲を満足させる性的な意図が必要」最高裁は外そうとしている。明博被嫌疑者とその同類に共通の言い訳「性的意図は無かった」は通じなくなる恐れがあるのだ。

 

白雉という元号がある。「はくち」と読む。白いキジが現れ、これを瑞兆として白雉という元号を付けた。自民党は初鹿を瑞兆としているかもしれない。

 

昔、子供に「悪魔」と名付けようとした親がいた。確か区役所の、職員が止めた。(今だったら、人権派の弁護士が(以下略))。職員は正しいことをした。

初鹿被嫌疑者の場合、そのような職員はいない。白痴化した初鹿被嫌疑者は名前を「白紙化」したいに違いない。

 

お客様である有権者こそいい面の皮

週刊文春2017/11/02の総選挙の記事で安倍総理の発言を次のように報じている。

(終盤に、苦戦をしていた候補者たちの当確が相次いでだとき)「「あー、彼も受かったんだ」と軽口も飛び出した。」

 

山尾志桜里人倫違反者(43)の当選には「「あんなひどいことをしても受かるんだねぇ」と皮肉を漏らしたという。」

 

「あー、彼も受かったんだ」は安堵の発言だ。文春はこれを軽口という。

 

「あんなひどいことをしても受かるんだねぇ」は不倫している山尾志桜里人倫違反者が当選したことに対する普通の感想だ。何も「山尾さんはご立派な人ですから、当選して当然ですね」と言ったのではない。

「あんなひどいことをしても受かるんだねぇ」が文春で皮肉として通用するなら、文春は山尾志桜里人倫違反者がどんな善行積んできたと考えているのだろう。

 

コラム『新聞不評』の下に『今週の言葉』がある。

そこに

「▼お客様の「希望」を叶えたいと、スタッフ一同がんばっています---小池百合子都知事に「ちょっと希望が足りない」と批判された東急ハンズが反論。商品は選び抜いてもお客さんは排除しない。」

とある。

東急ハンズは商品は選び抜く。良い商人はそういうものだ。新装開店の小池商店も開店の大売り出しの商品を厳選しようとした。それが悪いのか。

文春は民進党のクズを商品になると考えていのならまだしも、民進党のクズを「お客さん」と考えているのだ。

クズの包装をちょっと変えただけの候補者を売りつけられてしまった、真のお客様である、有権者こそいい面の皮だ。

 

「獣医は不足している」定性的考察

 

就職氷河期のとき公務員の人気は高まった。

 

加戸前愛媛県知事が獣医師不足を感じたのは口蹄疫BSE鳥インフルエンザ愛媛県上陸への懸念からだ。

口蹄疫は2000年、BSEは2001年、鳥インフルエンザは2004,2005年に日本に発生した。

これらの疫病への懸念が2007年に今治市愛媛県をして構造改革特区による獣医学部新設提案せしめたのだろう。

 

さて、文頭に就職氷河期には公務員の人気が高まると書いた。

獣医師が不足していないとするならば、就職氷河期には公務員獣医師になろうとする人が増えるはずだ。だが、鳥インフルの2005年の時点では不足したままだった。ちなみに、最初の就職氷河期は1993年から2005年まで続いた。

ということは、就職氷河期でもペットの獣医師需要が強かった、言い換えるなら、ペットの獣医師も不足したままだということだ。

 

頭の出来が違うといわれればそれまでだが、氷河期で凍死せずとも凍傷を負ったものからすると。

 

最近の底辺弁護士さんのご意見も合わせてお伺いしたいところだ。

 

獣医師は何人かと調べてみると2014年(平成26年)に39098人という数値が六辻彰二氏の記事(*1)に見つかった。

また、小川榮太郎氏の『森友・加計事件」朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』(2017 Hanada双書 飛鳥新社)のp232には、平成26年現在約34500人の獣医師がいて、ペット関連44%で大都市では過剰気味、産業動物獣医師は22%。大学等研究機関8%。偏在は拡大中(獣医師法第22条の屈出状況に基づく京産大資料より)。六辻氏のデータとの差は4500人。10%以上の差がある。

 

 

六辻氏のデータを使うなら、獣医師はざっと4万人。獣医学部の定員は930人だが、水増しで1200人。いつから1200人なったか不明だから、年ざっと1000人が大学を卒業して獣医師になるとしよう。すると、40年分の獣医師がいることになる。獣医学部の倍率は十数倍。浪人も多いだろう。19才で入学卒業25才。40年後には65才。つまり、転職者が出ていない美味い仕事なのだ。

 

<余談>

六辻氏のデータは時系列がある。2006年は30853人が2012年に39283人となり、年1400人増えている。1400人は獣医学部の水増し後の年あたりの入学者数と符合するが多すぎる。それに、獣医師とて不死身では無いはずだ。

ところが、2014年は39098で800人しか増えて居ない。獣医師界でも去って行く老人が増えた事を意味するのかもしれない。

 

(*1 Yahoo!ニュース JAPAN  https://news.yahoo.co.jp/byline/mutsujishoji/20170726-00073754/  元々は世界動物保健機構(World Organization for Animal Health)

記事を書いた人は国際政治学者の六辻彰二という人。杜撰で穴も目立つ分析手法からみると大した学者では無い。

例えば「2年ごとに数値が同じ個所が目立つのは、日本獣医師会が隔年で世界獣医師会に報告しているためとみられる」とある。

実は、獣医師法第22条では2年毎の届け出を定めている。獣医師法第22条が同じ数値になる真因である。調査が甘い。

 

獣医師数のランキングで日本は8位だから、「つまり、単純な人数でいえば、日本の獣医師は必ずしも少なくないといえます」と書いている。7位はウクライナで54169人で日本の約1.4倍。ウクライナの人口は4500万人で日本は約2.7倍の人口を持っている。だから、人口比なら、3.8倍となる。印象操作だ。

また、氏は家禽を計算に入れていない。

ペットと家畜は相当違うそうだ。必要とするスキルも違うらしい。六辻氏の議論は、同じ「ドクター」という語がつくから医師と文学博士を一緒くたにして数字を弄んでいるに等しい。)

(六辻氏からの引用中の太字は六辻氏による。)